ねずみ島井戸端会議 過去ログ
過去ログ
ねずみ島を発見 Name:管理人 Date:2012/08/04 (Sat) 14:43 No.38
1962年制作の映画「若い人」の一場面、
主人公の数学教師間崎慎太郎(石原裕次郎)が
同僚の橋本スミ子(浅丘ルリ子)と語り合うシーン。

小ヶ倉あたりで撮影したのでしょうか。
対岸にねずみ島が見えます。

110周年記念行事 日程 Name:事務局 Date:2012/06/28 (Thu) 13:02 No.37
水泳教室
A班開講式  7月25日(水) B班開講式  7月21日(土)

遠泳     8月 5日(日)

先師慰霊祭  8月24日(金) 17:00  祝賀会 18:00

大名行列   8月25日(土)  9:00

詳細については市民総合プールまでおたずねください。
095-845-1212
 

びっくりしました Name:管理人 Date:2012/06/09 (Sat) 21:45 No.36
ねずみ島山頂の笹、雑草がきれいに刈り払われていました。長崎市がやってくれたんでしょうね。皇后島伝説の碑の前はきれいに砂を敷き詰めてありました。でも笹がにょきにょき出てきていたので、来年の今頃はボーボーでしょうね。
http://youtu.be/JmdRwHaE2Kg

大安助手が高総体で活躍 Name:管理人 Date:2012/06/03 (Sun) 23:08 No.35
長崎工業水球部の大安宏和助手が高総体で決勝ゴールをあげる活躍!なんだかかっこいいコメントもしてます。

日本泳法研究会2 Name:管理人 Date:2012/03/27 (Tue) 15:45 No.34
今回の研究会では、審判員研修に参加させてもらいました。(させられた?)

テーマは泳法競技予選の立体種目でした。
興味深かったのは、私が思っているよりも
「踏足」「巻足」「踏巻足」の違いに拘っているところでした。

これまで、
・どれだけ浮かすか
・いかに揺れを止めるか
に重点を置いていましたが、
・ちゃんと踏足を使っているか
も採点に影響を及ぼすということですね。

競技は競技として、点数が出るように泳げばいいだけなんで、
今後はその辺も頭に置いて指導しないといけないなと思いました。

日本泳法研究会 Name:管理人 Date:2012/03/19 (Mon) 19:57 No.33
3月17日18日に水戸で開催された日本泳法研究会に行ってきました。
今回は60回の節目の研究会であり、首都圏に近い開催地だったこともあってか500名を超える参加者がありました。写真は懇親会の一コマ。

左から2人目 八木沼正彦、日本水泳連盟日本泳法委員長
左から6人目 水戸徳川家15代当主、徳川斉正氏
右から5人目 佐野和夫、日本水泳連盟会長
右から2人目 鈴木大地、日本水泳連盟常任理事

24年寒中水泳 Name:ZENMON Date:2012/01/11 (Wed) 12:54 No.30
110周年、節目の年の稽古始め式 水温12℃天候にも恵まれ 豚汁の評判も上々で無事終了!!今年も皆さん頑張りましょう。

游泳協会110周年記念寒中水泳(稽古始め式... Name:事務局 Date:2011/12/03 (Sat) 13:22 No.27
期日:平成24年1月3日(火)10時〜 小雨(雪)決行

場所:ねずみ島 (皇后島) 長崎市小瀬戸町より陸続き

送迎バス:長崎市民総合プール駐輪場前 8時45分集合 9時出発 (生徒のみ)
直接現地(ねずみ島)集合の場合9時30分集合

美味しい豚汁を用意しております。

ご家族、兄弟、姉妹の参加大歓迎です。現地には駐車スペースがあります。

23年度夏季水泳教室日程 Name:事務局 Date:2011/06/03 (Fri) 13:29 No.26
指導員 各位

7月21日B班開講式 22日A班開校式 8月7日遠泳 27日大名行列 8月29日A班閉校式 30日B班閉校式 休講日7月23日、8月9日、15日、19日
先生方の参加をお待ちしております。 

長崎游泳協会と水府流太田派のこと(2) Name:管理人 Date:2010/12/11 (Sat) 20:19 No.25
水府流太田派が日本泳法の中でも泳いでいる人が多いのは、東京高等師範学校で教えられたことで学校教育を通じて全国に伝わったからだと言われておりますが、その東京高等師範で水府流太田派を指導したのが本田存(ありや)、後の水府流太田派四代師範です。

東京高等師範の校長は嘉納治五郎でしたから、西郷四郎が嘉納治五郎を通じて水府流太田派へ教師派遣を依頼したのではなかろうかと私は考えています。

実は、本田存は講道館門弟であり、東京高等師範ではそもそも柔道師範を務めていたらしいのです。東京高等師範が水泳指導を行う際に嘉納治五郎が「本田君、君は泳ぎが達者だから頼むよ」みたいな感じだったのかも知れません。
西郷が講道館を出奔したのが明治22年、本田の入門が明治21年なので面識はあったはずですし、本田自身の口で西郷や四天王の一人である横山作次朗の人物像を示すエピソードを語った資料もあります。
もしかしたら西郷が直接本田に依頼した可能性もあります。
もっとも、本田の入門当時、既に講道館四天王として名を成していた西郷を入門間もない本田が見知っているのはあたりまえですが、西郷から見れば新人門弟の一人に過ぎない本田と個人的な交誼があったとは考えにくいですし、西郷が嘉納を飛び越して直接本田に依頼するというのは西郷と嘉納の関係を考えればまずあり得ないだろうと思います。

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