120周年慰霊祭「慰霊之ことば

 鈴木天眼先生を始めとする功労者先師の皆様に、明治三十六年より始まりました我ら長崎游泳協会の水泳教室が百二十年目を迎えましたことを此処ここに御報告致します。
此処まで私達の取組みが継続出来ましたのも、数多くの先師の皆様の御努力と賛助者・功労者の皆様の物心両面での御支援があればこそです。
現協会員を代表致しまして御礼申し上げます。

 私は昭和二十二年にねずみ島に通い始め昭和二十六年に初段になりました。
当時は朝一番の船で島に渡り、一日中泳いで六時の最終の船に飛び乗って帰る毎日でした。
乙組甲組と進級するにつれ稽古はきつくなりました。
ねずみ島の稽古は本当にきつかったです。
きつかったですが、辛いと思ったことは一度もありません。
毎日が楽しくて楽しくて、どんなにきつい稽古をした日でもまた明日も泳げるんだとワクワクしながら床に着いたものでした。
本当にねずみ島は子供達の楽園でした。
そんな素晴らしいねずみ島に只々感謝です。
本当に有難うございました。
これからも、市民プールの水泳教室が子供達にとって楽しくて仕方ない場所、明日も行きたい、来年も行きたいと思えるような場所であり続けるよう、現役教師一同、精一杯努めてまいりますことを功労者・先師の御霊前にお誓い致します。

 先月十二日、山本晃代副主任師範が逝去されました。
山本先生は責任感が強く真面目な方で、毎月のプール会議にも体調のすぐれない中休まず御出席頂き、私の至らない所をサポートして頂きました。
楽しみにされていた水泳教室の再開を目前にしてのご逝去、心残りもおありかと存じますが、残された教師一同心を一つにして市民皆泳に取組んで参りますのでご安心下さい。
山本先生、心残りではありますがこれでお別れです。
さようなら。
どうぞ安らかにお眠り下さい。

 最後になりますが、改めて百二十年の長崎游泳協会の歴史を繋(つな)ぎ継承してくださった功労者・先師の御霊みたまに敬意と感謝の誠を捧げます。

令和四年八月二十六日 主任師範 多比良裕之