踏水術游泳教範

表紙

 『游泳教範』は、小堀流踏水術六代師範猿木宗那先生が1901年(明治34年)に出版した游泳術の団体指導法の書です。発行元は東京神田の岡崎屋書店。初版時の価格は20銭でした。ここに掲載した画像は、1942年(昭和17年)に協会創立40周年を記念して刊行された復刻版を1979年(昭和54年)に再復刻版として刊行したものです。表紙は初版と異なっていますが、本文は同じ内容です。初版は国立国会図書館のデジタルライブラリで見ることができます。


題字


序文

 周囲を海に囲まれた私たちの国にとって游泳術が必要であることは言うまでもない。猿木宗那君の踏水術は非常に深遠で高尚なものである。彼の演じる術を見ると、体勢は静粛なまま両手を水の上に出し、ただ両足で水を踏むだけで様々な技を行うのである。技の優長なる様は鶴が翼を伸ばし鴎が流れに眠っているかのようであるが、ひとたび活動を始めれば刀をふるい銃を発射するなどまるで陸地を踏んで歩くのと変わらない。踏水術とはまさに技の本質を言い当てた名前であるといえる。猿木君は踏水術を学校の生徒に教えようと思い、その方法を数年にわたり研究した結果、踏水術の分解的指導法を確立した。そしてこの方法で学校の生徒に指導したところ、数多くの生徒を同時に指導しながら大変すばらしい成果を収めた。この指導法は精神の陶冶を優先し技術の習得をその後に据えるなど教育の真理にかなったものであり、また道場の水質や温度を検査して指導時間を長くしたり短くしたりするなど衛生面にも注意を払っている。これは游泳術指導の大変な進歩である。この指導法を見たり聞いたりした者は皆この指導法を習得したいと望むので、氏は踏水術初学游泳教範を著し游泳術の普及を助ける一端とした。私は氏の意図に賛同しここに序を記すものである。

明治三十三年初夏
熊本県知事従四位勲三等 徳久恒範


序文

 人は水なしでは生命を保つことができない。水は人の役に立つと同時に人に害をなすが、水が人に害をなすのではなくて人が水の利用の仕方を知らないのである。  私が幼かった頃、私の父は厳格で水辺で遊ぶことを固く禁じていた。ある日、友人たちが泳いで遊んでいるのを見て羨ましく思い、水に飛び込み溺れて死にそうになったところを人に助けられるということがあった。私の父は水泳は禁じるべきでないばかりか自他防衛の術であると悟り、私に游泳を習わせた。
 また、私は幼い頃から次のような話を聞かされていた。「熊本藩士は皆游ぎが上手であったので参勤交代の折、途中の富士三大河といえども渡人の手を借りずに藩士の力で行列を渡し、河の水が増水して渡人でも渡れないようなときでも激流の中を渡り旅を遅らせることがなかったという。游泳術は武士が最も心得ておくべきものだ。」と、全くその通りである。
 今や国民全てが武人であるべき時勢に、この技(踏水術)が益々必要であると知り。ここに踏水術師範の猿木宗那君が時勢の必要に促され初学游泳教範を著し私に序を書いてくれということなので、幼少の頃の記憶をたどって序とさせてもらった。

明治三十二年五月一日
第五高等学校長正五位勲四等 中川 元


凡例

凡例
 踏水術教育の根元は、始めに精神を陶冶し、しかる後に游の技術を高めるということである。それ故、指導にあたってはこの点を忘れぬよう指導することが肝腎である。
 水泳に限らず、初心者への指導はこと細かく指導した方が良いので、一対一で指導した方が良いのは確かである。しかし、わずかな時間で数多くの生徒を指導できなければ游泳術の普及はない。そこで、本書では集団での指導の方法を説明する。
 生徒の人数に応じて生徒をいくつかのグループに分ける。一つのグループの人数は教師の監視力にもよるので一定しないが、10名から15名が適当である。ただし、一つのグループを指導する間、他のグループにはそれを見学させることが大切である。(水に入れない)
 指導を始めるにあたっては、グループ全員を一列に並べて番号を付ける。(人数の確認)
 指導する場合、教師はまずこれから練習する内容を説明して、必ず何回か教師自ら手本を見せ、生徒に良く理解させることが大切である。
 この教範は全体を大きく四つの章に分け、さらに各章を第一教と第二教とに分けた。
 第一章第二教第一・第二の術は生徒の間隔を片手幅とし、他のところでは両手幅の間隔を取らせる。第二章第二教、第三章第二教では歩数を示したので、これよりも大きな間隔を取らせること。ただし、第三章第二教、第四章では生徒一人一人に指導する技術なので、あらかじめ間隔を決めるのは難しい。


目次

目次
第一章
 第一教 游泳準備陸上教育
 第二教 游泳準備水中教育
第二章
 第一教 潜み
 第二教 手繰り游
第三章
 第一教 早抜き游
 第二教 休み游
第四章
 第一教 水練
 第二教 浮身初歩


第一章


序文・目次